(出典:テラ・ルネッサンスHP)
カンボジアの地雷被害者や、ウガンダの元子ども兵など、アジア・アフリカ地域で紛争に巻き込まれた人々への支援を行う国際NGO、テラ・ルネッサンス。
創設したのは、当時大学4年生だった鬼丸昌也さんでした。
京都の小さなアパートから始まった団体を、年間3億円規模の国際NGOへと成長させた鬼丸さんとは、どのような人なのでしょうか?
現在は同団体の理事となり、またプライベートでは3児の父として、多忙な業務と育児を両立をしている鬼丸さんの原点と、団体創設にかけた想い、仕事の流儀に迫ります。
目次
鬼丸さんの生い立ちとテラ・ルネッサンス創設の原点
今の鬼丸さんを形作ったのは少年時代の経験と、尊敬する大人との出会いでした。
紛争の爪痕に苦しむ現地の状況を知った鬼丸さんは、人知れず、活動への情熱を燃やしていきます。
鬼丸昌也さん(右) 出典:同上
小学1年生で経験する「仲間はずれ」の辛さ
鬼丸さんは1979年11月、福岡県北九州市に生まれました。
小学校1年生まで北九州市で過ごしますが、父親の事業が失敗し、学年の途中で北九州市から父方の実家がある小石原村(現・福岡県朝倉郡東峰村)に引っ越すことになります。
そこで鬼丸さんを待っていたのは、生まれて初めての「仲間はずれ」の経験でした。
コミュニティから孤立させられる辛さを、小学1年生にして味わった鬼丸さん。
テラ・ルネッサンスでの活動も、この体験が原点になっているそうです。
コミュニティから排除されることがいかに寂しくつらいことか、小学生の僕は身をもって知った。
(引用:鬼丸昌也著『僕が学んだゼロから始める世界の変え方』扶桑社 P.17)
社会から排除される理不尽さ、悲しさ、苦しさをこの世界からなくしたい。
今の活動を支える思いは、このときの体験が原点になっている。
アリヤラトネ博士との出会い
中学・高校へと進学した鬼丸さんは、世界で起きている様々な問題に関心を広げていきます。
高校3年時にはスリランカへのスタディーツアーに参加し、そこで人生の指針になる言葉に出会いました。
次のことを覚えていてほしい。
(引用:前掲書 P.30 )
君も含めた、すべての人に、未来をつくる力がある。
どんな人も、可能性に満ちている。大事なことは未来をつくる力が誰にでもあると信じることだ。
スリランカ最大規模の社会運動、サルボダヤ運動を率いた社会活動家、A・T・アリヤラトネ博士の言葉でした。
18歳ながらすでに大使館や政治家、著名な作家などに手紙を出したり、環境問題に取り組むNPOの職員による講演会を校内で開催したりと、自分なりの軸や考えを持って精力的に活動してきた鬼丸さん。
「すべての人に、未来をつくる力がある」という言葉は鬼丸さんが体感していたことであり、抱いていた希望であり、そして願いでもあったのではないでしょうか。
鬼丸さんの信念となり、現在も講演などで度々使われるこの言葉は、テラ・ルネッサンスのブランドメッセージ(スローガン)、活動理念としても掲げられています。
テラ・ルネッサンスの「風土」として、組織に息づいているんですね。
(テラ・ルネッサンスロゴマーク 引用:テラ・ルネッサンスHP)
「音のない世界」で受けた衝撃から、テラ・ルネッサンスが始動
アリヤラトネ博士の言葉を胸に立命館大学法学部に進学した鬼丸さんはバイトと学業の両立を続けながら、さらに社会課題やその解決のための運動に関心を深めていきます。
自分に何ができるだろう。
そう問い続けていた鬼丸さんは大学4年生だった2001年2月、カンボジアの地雷原に赴きました。
その時受けた衝撃について鬼丸さんは下記のように綴っています。
家族が一緒になって食事を囲んで、楽しそうに会話を楽しんでいる。恋人同士が、愛を語り合っている。 そんな生活にかかわるすべての「音」が地雷原にないのです。
引用:テラ・ルネッサンスHP
もくもくと作業する地雷除去要員の息遣い。地雷らしきものに金属探知機が触れた時に鳴る甲高い「ピー」という音。そんな音しか響かない場所に、衝撃を受けました。
テラ・ルネッサンスHP
地雷が残る土地、地面の下に残るおびただしい数の地雷、そして地雷被害者たち。
地雷がもたらす現実を目にし、鬼丸さんは再び考えました。
自分に何ができるだろう。
バイトでなんとか学費を捻出している状況であり、地雷撤去を援助する資金もない。
地雷撤去の技術もない。
組織もないし、経験もない。
そして、国際的な活動をする上では必須ともいえる英語も話せない。
ないない尽くしの状況の中、鬼丸さんが至った結論。
それは「伝えることならできる」というものでした。
中学・高校で生徒会長を務めた経験で培った、大勢の人の前で話す技術。
これまで参加したセミナーで学んだプロの話し方。
自分にもできることがあると、鬼丸さんは気がついたのです。
カンボジアからの帰国後すぐに講演を行い、カンボジアで見たもの、聞いたもの、自分が感じたことを伝える活動を開始します。
そして、2001年10月。
京都の築50年、四畳半の自宅を事務所として、テラ・ルネッサンスが設立されました。
自分の中の『あるもの』にフォーカスを当てた。
(出典:鬼丸昌也チャンネル)
その瞬間、僕の中に行動を起こすスイッチが入り、一歩を踏み出す勇気が湧いてきたような気がします。
企業やすでにあるNPOに就職をするのではなく、大学在学中に自分の手で団体を立ち上げることは、少々無謀に感じるかもしれません。
実際、当時は具体的なプランもないままだったそうですが、「伝えたい」という熱い想いが鬼丸さんの心に燃えていたのですね。
私も鬼丸さんの講演は何度か聞いたことがありますが、今でも鬼丸さんの講演からは、「目の前にいる一人に伝えたい!」という気迫を感じます。
「できないことがあって逆によかった」鬼丸さんの仕事の流儀
鬼丸さんがたった一人で始めたテラ・ルネッサンスは、今では6カ国で日本人スタッフ・海外の現地スタッフ合計100名以上の仲間が集う団体となりました。
国際的に働くNGOの創設者として、鬼丸さんはどのようなリーダーシップを取ってきたのでしょうか。この章では鬼丸さんの仕事の流儀を探ってみます。
「ないもの」探しではなく「あるもの」探し
前章でも述べたように、あらゆるものが不足した状態からスタートした鬼丸さんですが、このことについて以下のように述べています。
「足りないもの、できないことがあって逆によかったし、恵まれていた。足りないからこそ、人の力を呼び込むことができたのだから」
(引用:前掲書 P.187)
普通の感覚だと、他の人や団体と比べて落ち込んでしまいそうなところ。
しかし、鬼丸さん曰く「できないこと」を自覚したからこそ「できること」が明確になり、さらに人にお願いをすることが苦手でも、自然と周りを頼れたそう。
事実、鬼丸さんは海外での支援活動を、経験があり、語学のできるスタッフに任せています。
また、国内事業においても全てを自分で抱え込むのではなく、適材適所の人材配置をしながらチームで活動に取り組んでいるそう。
2019年、2021年に育休を取得されているのも、そのあらわれと言えるかもしれません。
このように、「ないもの」ではなく「あるもの」に着目していくスタイルはテラ・ルネッサンスの支援の現場でも生かされています。
テラ・ルネッサンスらしい支援のあり方は「あるもの探し」。ある資源を利用して、支援対象者の方々のレジリエンスや自立を高めていく。
引用:テラ・ルネッサンスHP
それがテラ・ルネッサンスが大切にしていることであり、国内外の全ての事業に共通することです。
「微力だけど、無力じゃない」
鬼丸さんが講演の中で繰り返し伝えている言葉があります。
それは
「僕たちは微力だが、決して無力ではない」
という鬼丸さんの確信とも言える言葉。
社会や世界が変わることを信じ、活動をしたり寄付をしたりする方でも「本当にこれで何かが変わるのだろうか」と、疑問や不安がよぎることがあるかもしれません。
鬼丸さんも活動を続ける中で、もうダメかもしれないと、あきらめかけたことが何度もあったと言います。
その度に力をくれたのは自分たちの支援の受け手が変わる姿、そして多くの人が少しずつ寄せてくれる支援の数々だったそうです。
もうダメかもしれない…。
引用:テラ・ルネッサンスHP
17年以上にわたり活動を続けるなかで、何度もあきらめかけたことがありました。
そのたびに、元子ども兵たちが見せてくれる「自分の未来をつくるんだ」という変化の姿や、日本から応援してくださる方々のおかげで、乗り越えてきました。
「微力」かもしれない自分たちの小さな活動が、確かな変化を生んでいること。
そしてその活動に共感した多くの人の「微力」が集まり、活動を支えてくれていること。
たくさんの「微力」を積み重ねてきたからこそ、鬼丸さんは「微力」の力を誰よりも信じているのかもしれません。
鬼丸さんとテラ・ルネッサンスの活動に「勇気づけられた!」との声が続出
鬼丸さんがテラ・ルネッサンスを立ち上げてから20年以上が経ちました。
テラ・ルネッサンスは、徐々にその活動を広げ、今では数々の機関から評価されるNGOに成長しています。
鬼丸さん自身は2002年に一般社団法人日本青年会議所人間力大賞を受賞。
団体としても現在までに様々な賞を受賞し、メディアにも掲載されています。
受賞歴
- 2009年 一般社団法人倫理研究所 地球倫理推進賞
- 2012年 独立行政法人国際交流基金 地球市民賞
- 2014年 公益財団法人京都オムロン地域協力基金 ヒューマンかざぐるま賞
- 2014年 自由都市・堺平和貢献賞
- 2015年 公益財団法人社会貢献支援財団 社会貢献者表彰
- 2017年 「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第2回認定企業
- 2017年 認定NPO法人 国際協力NGOセンター(JANIC)NGO組織力強化大賞 担い手育成部門賞
- 2018年 一般社団法人企業価値協会「企業価値認定」認定団体
- 2020年 第4回ジャパンSDGsアワード 副本部長(外務大臣)賞
- 2021年 一般社団法人 ソーシャル企業認証機構「ソーシャル企業認証制度 S認証」認証団体
メディア掲載
- NHK「おはようにっぽん」「NHKスペシャル」「ラジオ深夜便」「明日世界が終わるとしても」
- ABC朝日放送「世界の村で発見!こんなところに日本人 」
- フジテレビ「フューチャーランナーズ」
- 毎日新聞、読売新聞、京都新聞
など
また、講演活動も変わらず継続中。
日本全国から感動の声が寄せられています。
(*鬼丸さん自身は京都事務局長への就任に合わせて、以前ほど多くは講演をされていないそうです。)
鬼丸さんの講演への評判を一部ご紹介します。
RT アフリカの元少年兵たちの支援活動について15年以上前に講演を拝聴した鬼丸さん、当時はこんな若い方が?と思ったけど、ずーっと活動続けていらっしゃる
— 甘栗@ほろ酔い観劇(そろそろ行けるかな?) (@miso_amaguri) August 14, 2021
尊敬しかない
(出典:団体創設初期の頃に鬼丸さんの講演を聞かれた方ーTwitter)
本日は、鬼丸さんの講演を聞きに行って来ました。
— 竹中俊 フリーランス社会活動家 (@8shun339) January 16, 2019
世界中の子どもたちを支援するお金も全然ない。なにかをやるスキルもない。
こんな僕に何ができるのか。そう考えるきっかけになった。
僕が今できることは。
見たこと体験したこと勉強したことを伝える。
これしかないって感じた。 pic.twitter.com/s4dALKVlRP
(出典:鬼丸さんの講演を聞いた方ーTwitter)
悲惨な事実を前に『かわいそう』と感じるこころを大切に、さらにもう一歩踏み込んで、『では自分達には何ができるか』『できることがあるんだ』という気づき、そして、『誰にでもすばらしい未来を造るちからがある』というメッセージに一歩動き出す勇気をもらいました。
(出典:講演主催者の方の感想ーテラ・ルネッサンスHP)
20年間で17万人以上の紛争被害者に支援を提供
テラ・ルネッサンスは2021年に創立から20年を迎えました。
この歴史の中で、多岐にわたる活動を展開しています。
その主な成果は下記の通り。
- アジア・アフリカでの支援受益者の数:174,000人以上
- アジアでの地雷・不発弾撤去の総面積:2,958,665m2(東京ドーム63個分)
- 講演受講者の合計人数:208,585人
(出典:テラ・ルネッサンス20周年記念誌)
鬼丸さんの「伝えたい」という一念から始まった活動が、多くの人を巻き込み確実な変化をもたらしていることを感じます。
まさに「微力だけど無力じゃない」を体現するような活動の成果ですね。
ここまでお読みいただいた方の中には、「鬼丸さんを応援したい」「自分も何か始めたい」と思われた方もいるかもしれません。
そんな方は、毎月1,000円からテラ・ルネッサンスの活動を応援できる「ファンクラブ会員」への入会を検討してみてはいかがでしょうか?
下記の記事では、直接鬼丸さんの話を伺い、実際にファンクラブ会員になった寄付ナビ編集部の寄付体験をご紹介しています。
よろしければ、あわせてご一読ください。
この記事では、テラ・ルネッサンスの創設者、鬼丸昌也さんについて生い立ちから団体設立にかけた熱意、活動を続ける上での信念、講演の評判などを紹介しました。
先日参加したテラ・ルネッサンス20周年記念式典では、テラ・ルネッサンスだけで世界を変えるのではなく、「活動を通じて関わる人々を勇気づけ、世界を変える人やチームを増やすこと。それがテラルネの存在意義」だと、鬼丸さんがおっしゃっていました。
世界を変える行動の一つとして、ぜひテラ・ルネッサンスへの寄付を検討していただければ幸いです。